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じぎょメモ

都内某社でデジタルマーケティングとか社内ライターとかしてがんばっている。勉強中で日頃気になったアレコレをまとめます。気持ちアドテク多めな気持ち。

非プログラマーだけど大学生とプログラミングについて思うあれこれ3つくらい。



プロントでちびちび一人飲んでいたら3連休が終わろうとしている。
なんでカフェの店員さんってみんなかわいいしイケメンなんでしょうね。

個人的には外向的でエキサイティングで旅行あり運動ありお酒あり、ビジネス活動ありの良い3連休だったと思っております。

さて、そんなことは1mmも関係ないのですけど、タイトルにあるようなお話について。
自分はプログラマーではないし、そんなもの1mm以下たりとも出来ないのだけど、そういう人たちやそういう活動に関わることは多々あるような毎日です。

たとえば、いま僕が作ろうとしている仕組みや商品は、インターネット上で動くものだから当然作ってくれる人たちと一緒に仕事をしています。
また、インターネットメディアというものをよく見たり話をしたりするところにおりますので、 話題の・もしくは話題になる前のメディアやWebサービスについて話をしたり、してもらったり考えたりします。


そんななかで出来ないなりに思うところが出てくるわけです。
大体内訳でいうと10割が尊敬と羨望です。

これから時間があって、特にやりたいこととかやるべきこととかない人、つまりはうだつの上がらない大学生とかなんですけど、プログラミングはやっておくととてもいいですよ!と、やってないんですけどそう思うよ!



Facebook元役員「プログラミングを学ぶのなら、生涯仕事に困らないことを私が保証しよう。」 | Leading&Company
http://lrandcom.com/facebook_former_executive_learning_programming_guarantee_life_time_work

と、いうのが上記の記事に書いてあったよ。
というだけではあまりに無価値なので、僭越ながら現場の人間として、プログラミンのヤバイと感じたところを書いてみる。
ほぼイコールで「インターネット」に言い換えることも出来るかもしれない。




1.制約がなさすぎてヤバイ

PCがとりあえずあればできちゃう。
ちげぇよ!!!!と言われることうけあいだが、ほかのモノづくりにおいて、ここまで物理的障壁が低いものも珍しい。
だって料理には材料とか皿とか、台所の機能とか、そもそも必要なものが多いじゃないですか。
偶然にも、料理というのは一般的な生産活動なので台所と食料品を購入する物流が世間に普及しているからだいたいの地域と国民ができるものの。

一方で農業とか、製鉄業とか、ああいう日本がもともと有名なモノづくり産業はどうよ?
必要なものが多すぎて、「よし、トンネル掘る産業はじめっか」と考えたところで、一体形にできるのはいつになるのでしょうか。
なんかそもそも資格とか機材とか必要なものが多すぎて、いきならい始められる気はたいていしないでしょう。
宇宙事業はじめっか、でロケット作り出したりする日本人もいるようですが、それも某ホリエモンクラスにならないとできません。
野菜を作りたければ畑がないとどうにもならないように、物理的な所有制約があるわけです。従来のモノづくりには。

プログラミングは、環境や設備の良し悪しはあれど、そこに比べてしまえばはるかに所有制約は少ない。
跡取りとか御曹司とか長男じゃなくていい。誰でも始められちゃう。誰がやってもいい。ヤバイ。

ほかには場所も関係ない。これもヤバイ。
別に会社じゃなくていいし、渋谷じゃなくていいし、東京じゃなくていいし、日本である必要すらない。

いままでのモノづくりに比べて、圧倒的に投資や制約が必要ない、ヤバイ。




2.共通言語で管理されている

エンジニアがよくだんご状になっていることがある。
これは夜を徹してしまって仮死状態になっているケースが想定されるが、ほかには何人かで集まって共通の課題に向けてあれこれ情報交換やレビューをしているのだそうだ。

これがスゴイ。ヤバイ。
つまりは、みんなで出来ちゃう。みんなでやると拡大したり加速したりする。
ただそれだけなんだけど、拡大した時どうするの?というテーマは事業やサービスを考える際に必ず出てくる。
大きくならないとあんまり時間をかける意味がないし(お仕事的な意味で)、一方で一人の人間のできることには限界があるからだ。
じゃあプログラマーはみんな限界を迎える前に帰れているのか、みたいな議論はやめましょう。だいたい帰れてないので。

とはいえ、共通の言語や法則、ルールで管理されているのはすごい。
ある程度再現性があるし、技能や知識が成熟しやすい。つまりはやり続けることに、とても価値があるということ。

作業に法則性やルールがないと、いちいち適応する必要が出てくるし、ここで経験や知識、スキルといった産物が無駄になりやすい。
特殊事例は時々掛け算になって爆発するものの、どうしても汎用的に当てはまりにくいケースが多々ある。

掛け算は飛躍しやすいが読みにくい。期待や希望にほぼ近いものを追い求め続けるのには限界がある。
ヨミやすさで言えば、足し算にはかなわない。いつかは安定させなければならない。
ならば、みんなが関わるものがいい。



3.世界が開かれている

たとえば群馬で野菜の直売を始めようと思う。
そしたら大体まずは群馬で展開する。
なぜなら、移動する必要があるからだ。物理的距離制約が生じる。しょうがない。
自分が動くか、客が動くかしないといけない。

でもプログラミングによりできたプロダクトの所在地はインターネットだ。
インターネットのすごいところはいつでもどこからでも誰しもが、なところだ。
※そんなに間違っていないと思うのでそんな感じに決めましたさっき。


もちろん、プロダクトの接する面が無限大に広いことはとても素敵。
それは「当たり判定のゆるさ」と、「スケールスピード」のところで。

当たり判定については簡単で、たとえば上記の野菜直売の事例で言えば、まずこの取り組みが群馬のひとたちにウケないと終了する。
「ギニアだったらウケたのになぁ。。。」とか言われても困る。「いや、群馬なんでこれ。。。」ってなる。

だが、一方で世の中のアプリには「なぜかウケた」みたいなものも少なからず存在している。
「なぜか台湾でのインストールが一番多い」、とか「利用ユーザーはアメリカ人が一番多い」、とか。
ここから分析に入る。具体的にマーケティング上の課題として戦略地域やクラスターを持っているのであれば、そこの攻め方を考える。

従来の「一部で流行って、大衆化する」モデル以外に、「一旦全体的にバラまいて、反応を見てから決める」みたいな後出しができちゃう。
そんな大それたこと、泣く子も黙るスーパー超大手企業がテレビとかマスメディア使ってくらいしかできなかったのに、その辺の大学生とかも昼休みとかの間にやるようになる。ヤバイ。





おおよそこんなところでしょうか。
前述したとおり、やっぱりほぼイコールで「インターネット」に置き換えられてしまう。

でも、でも、
それでも自分の手で何かを世の中に生み出すということの価値は今後も変わらないし、その一方でそのやりやすさは格段に、革命的に向上している。


組織でやる仕事には3種類あると思っている。
ひとつは仕事を作り出す仕事。事業やサービス、ビジネスモデルをそもそも立ち上げる人。
もうひとつは効率化をする仕事。上で生まれ、立ち上がったそれを進行させるルールやマネジメントを担当する。
そして、最後は実際に手や足を動かす仕事


どれが尊いとか、ダサいとかではない。
それでも、世の中には便利な機械や技術がある。
世の中のものごとはそれらにより、効率化機械化されていく。
これはもう仕方がない。テクノロジーで再現できる仕事に、わざわざ人間がコストをかけてでもやる価値は今後ない。

なんというか、とりあえずやってみてみたらいいのかなと思っている。特になんのしがらみもなくダラダラできちゃう大学生とか。とてもいいと思うよ。就活でも話せr(ry
さいわいにも世の中にはプログラミングを無料でかつわかりやすく勉強する仕組みも機会もある。
お金儲けだってできる。
一体ぼくがどれだけ業務中に"儲かる仕組み"を考えつくものの、開発ができなくて諦めていることか!!!!クソが!!
※会社とは実にめんどくさく、非生産的なものなのです。
 


創る力。
そういうのに、ちょっと首をつっこんでみると、
もしかしたら、もしかするかもしれないと思っただけなんです。

とか言ってる自分も全然出来ない組なので、やらないとなぁ。






なんつって。