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じぎょメモ

都内某社でデジタルマーケティングとか社内ライターとかしてがんばっている。勉強中で日頃気になったアレコレをまとめます。気持ちアドテク多めな気持ち。

人の気持ちよりもメリットを。もう2年目の後輩がとてもいいことを(当時)新人の日報に書いていた。

※ちょこちょこ追記あり。

 

 

もう2年目の後輩がとてもいいことを(当時)新人の日報に書いていた。

 

新人の日報ってあまり読まないんだけど、なんとなく読み返してみることもある。

もちろん、自分がトレーニーを持つことも何度か何人かあったので、それは読む。

誤字とか指摘しちゃう。でも最近は未読1,000通突破していてすごい。ほんとすみません。

 

そんな中で、もう二年目になっている後輩が、新卒当時にとてもいいことを書いていた。

 

【人の気持ちよりもメリット】

今までは人の気持ちを考えて仕事をしてきたという感覚がありますが、気持ちよりも人にどんなメリットを提供できるかで動いたほうが結果お互いうまく行くのだと感じました。

気持ちは人それぞれなので、こちらの想像が外れているケースがあります。それよりも確実に喜んでもらえるのは、利益等わかりやすいメリットを提供できることなので、その人にとってのメリットは何なのか、もっと考える様にしたいです。

(※一部改変)

 

ひっくり返してしまうと、最終的に「仕事は成果を本質としドライに判断し遂行すべき」というもの。

 

学生が思うほど、仕事ってシビアでなくて、ところどころ自分の判断だけで動けたり意思決定できるシーンが出てくる。裁量とか、決裁権とかいうことばも、若者にどんどん降りてきている。

 

お互い人間なので、お互いの主張に対して、どうも条件や用件以外の判断軸も生じてしまう。これは仕方ない。

「ほんとはウチにとってアレだけど、でも○○さんだし…」みたいな。

あくどいところで言えば、そのビジネスジャッジを揺るがすために「かわいい女の子は営業に回せ」的な。(これは営業組織を構成する上でとても効率が良い。)

 

 

個人的には交渉をナリワイにしていたりするので、この辺のジャッジはドライかつダイナミックにいかなければ本来いけなかったりするのだけど、やはり業界に長く身を置くと、どうしても仲の良い担当が出てきたり、情に甘くなってしまう。

そこにピリッと刺さる内容でした。

 

重要なのは「主観的スコア」と「客観的スコア」。

 

そもそも、私情や甘さ、感情的な"なあなあ"みたいな曖昧な要素(主観的スコア)を商談に盛り込んでしまうと、一気にシンプルさがなくなる。わかりにくくなる。

その現場にいた人間しか再現できない。つまりは判断が進まないということになりうる。

ビジネスにおける共通言語は基本的に数字(客観的スコア)であり、それに基づくシンプルさこそがビジネスモデルの強さであり、いくつかの部品(要因・条件)を組み合わせたアウトプットは構成するパーツが少ないほうが壊れにくい。

 

ビジネスにおける意思決定は「…なのに〇〇」ではなく、「…だから〇〇」であるべき。

それは再現性を持っているということが最も重要であるため。

 

もちろん主観的な価値スコアや私情といった大切なパーソナルメリットもあるのでしょう。上司がモノも分からず、怖かったりするのかも知れません。

最近彼女にプロポーズをしてから、やたらと早く帰ってこいと言われており、本件に関しては波風立たせたくないし適当に済ませてもう帰りたいのかもしれません。

 

とはいえ、そういったことに甘んじていると逆にめんどくさいのです。あとあとそういう部分はほつれてくるものなのです。そうでなくとも、適当であるということは今後永続的にリスクがあります。

仕事や商談、なんらかの取り組みは基本的にみんなで創り上げるものです。最適化。つまりは誰が見ても明らかであるべきだし、誰がやっても同じ結果であるべきです。一人で出来上がる話って、そんなにないのではないでしょうか。

かっこよく言うと「ステークホルダー」みたいな感じになりますが、こういった関係各所がいてこそ、大きな事を成せるようになるわけです。

巻き込めた規模の大きさが、すなわち事業の規模や実績になることがほとんどなわけです。

となったとき、再現性のない「個人的」なものがいったいどれだけ足を引っ張るか。主観的スコアなのでよくわからない、というだけでこれでもかと物事は遅延し、崩壊します。

 

急がば回れではありませんが、マーケットにおいてはスピードこそが正義であり、スピードを上げていくにはシンプルさが必要です。

 

取引をする相手自身のためにも、客観的に関係者が評価されるようなもので見返りは返したいものです。

対面する顧客の顧客、つまりはメーカーであれば消費者。サービスであれば利用者に成りきれるか、上司の上司に成りきれるか、彼彼女は自分と向かい合っていないもう一方で何をすべきなのだろうか、なんて言われて今日ここまで来たのだろうか。敵味方関係なく、仕事もプライベートでも、その深さで関わるひとについて考えて生きたいかなあと思いました。

 

 

なんつって。

 

 

2014年5月8日0時37分にいくつか追記。