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じぎょメモ

都内某社でデジタルマーケティングとか社内ライターとかしてがんばっている。勉強中で日頃気になったアレコレをまとめます。気持ちアドテク多めな気持ち。

仕事力って要するに体力だよね。

生産力とは「パフォーマンス(効率)×稼働時間」という誰もがわかっているはずのあまりにも簡単な公式のもとに、就職活動生はみなさま筋トレを日々の生活に取り入れたほうがよろしくては?

 という話。仕組みを紹介します。

 

長い間、集中して何かすれば、大体いいものが出来上がる。仕事力とはこれをいつまでにどれくらい生産できるんでしたっけ?というもの。

こういうと一気に「うわっ…この人の会社、ブラックすぎ…?」とか思われちゃうかもしれないのだけど、とにかく仕事力とは要するに体力なのだ。

 

 

知的スタミナとか、物理的な強度みたいなものが、直接的に問われることはない。

ただまぁこれは個人的な経験則なのだけど、仕事が出来るといわれる人や経営者は、基本的に体に占める筋肉量が多い。経験則的に、いわゆるCクラス(CEOとかCFOとかCMOとか)はもちろん、一般的な部長クラス以上には多いと思っている。やせてるとか太ってるとかではなく、全体における筋肉割合が比較的多い。国内外問わず。

 

そしてエグゼクティブクラスとか言われちゃうひとたちは趣味が大体スポーツだったりする。フットサルや、自転車、ランニング、水泳、分かりやすく筋肉トレーニングが趣味ですみたいな人もいる。

 

なんというか、今仕事をしていて「それもそうだな」とか思ったりしている。

体力、というかスタミナというかタフネスというか、このあたりは超重要だったりしている。それが結果論なのかどうなのか、そこまではあいにくわからないのだけど。

 

結局、社内からも社外からも大きく評価されるような仕事は、大体しんどい。なんていうか、想像しただけで疲れるしおなか痛いし吐きそう。

 

まず事情が複雑だ。現場のぺーぺーが頑張ってもどうにもならなかったアレコレが降ってくる。

そしていちいち意思決定の選択肢が重い

「当社の全社的な今後の方針」とか決めろって言われちゃう。

わかんないです、じゃないねん。決めるねん。正しい答えはない、探すんじゃなくて作る、伝える、そして責任を持つ。

 

新規事業とか、新しいプロダクトの立ち上げとかもやる。ヤバイ。

これも脳力、体力使いすぎる。

 

あと意味わかんない。上級職になればなるほど、「決裁者の気まぐれ」に巻き込まれる。「なに言ってんスかwwwwwバカスwww」みたいなことを、大真面目に「言ったとおりにしなさい。(真顔」とかいわれる。

 

しかもそれがかなり無理のある内容だったりする。無理ですといっても「いやもう決定しちゃってるんで。」みたいな。絶望。無理を無理じゃなくすることになる。半ば発明に近い。

 

 

そんな風に働くことになるわけです。

会社の中での肩書き云々もあるのだけど、付き合う相手の肩書きも上がっていく。

なんせ話が早い。現場間でちまちまやるより圧倒的に早い。あとデカイ。超スケールがデカイ。

「●●の件なんですけど。。。」

「それさ、両社の決裁権持ってる同士を合わせた方が早くない?こっちは役員でいいと思うけど、先方でここをジャッジできるのって誰相当なの?」

「△△さんかと・・・」

「じゃあ二人の予定合わせて食事にでも行こう。そこで話をしようか。ウチの役員には話通しとくから、先方担当者経由で△△さんの予定聞いておいて。店の手配とかはこっちでやる。」

 

みたいな会話を日常的にやる。

 

これらを上手くとりまとめることが出来れば、もちろん見返りも超デカい。

30代で年収1,000万って別に珍しくもすごくもない。普通のひとより、重い責任とリスクを負い、それに対して普通の人よりコミットするだけだ。

 

世の中には、誰にでもできる仕事がある。

ただ、それはお仕事頑張る系のほとんどのひとにとってゴールラインではなくて最低限のデッドラインであったりする。つまり、上に書いたような「特にしんどいやつ」にぶつかるタイミングが絶対に出てくる。この挑戦を受けるか受けないか、それだけだったりする。

 別に受けなくてもいい。そういうコースももちろん用意はされている。またこれは人生とかキャリアの考え方や優先度の話、価値観の話であり、決して優劣の話ではない。仕事を頑張らないことにも価値はある。※まわりに迷惑をかけるのはよくない、けれど。

 

こうなってくると、意外と明暗を分けるのは「パフォーマンス×稼働時間」である。

具体的には


 

パフォーマンス:知的スタミナ、知的タフネス

稼働時間:肉体的スタミナ

 

が、とっても大きく関わっていたりする。

 前者は実は仕事をしていくうえで常に使っていく部分になる。(負荷の大小は置いといて)

案外忘れられがちなのが稼働時間を担保する肉体的なスタミナだ。

 

工数負荷的にも、スピード的にも大変しんどいPDCAを、どれだけ耐えながら回すことができるのか。これが「仕事力は結局のところ体力次第」の中身だったりする。

 

創造性のお仕事にせよ、再現性のお仕事にせよ、簡単でやりやすい仕事はどんどんなくなっていく。人間は、単調な作業では機械には勝てない。彼らは疲れたとか言わないし、何も考えずに電気がある限り昼夜問わず、0㎜の精度で作業し続ける。ここに競争紙に行くのは生物として向いてない。

そもそも、生産性を命題にするのであれば、機械は使っていくべきであるし、そこからコストやメンテナンス工数のかかる人間的なリソースを排除していくべきだ。

 

人間なのであらば、”創造的なしんどさにどれだけ耐えうることが出来るか”、はちょっと意識してもいいかもしれないし、そこを改善するのであれば、まずは肉体的にタフな器を手に入れるべきなのだろうなあ。

 

難しいこと、新しいことに向き合ったり、挑んだりするには、パズドラよろしくアイテムが必要で、その在庫を高めるが如く、まずは稼働時間の器を強くする必要があるのでしょう。

 

 とりあえず、新しいこと・慣れないことはとにかく浴びるように量をこなしてみないと分からない。ここで浴びてみた量は、その後の仕事の質に結構関わってくると思うし、じぶんはそうでした。

 

なので、それ以前のたとえば内定者(今年のはもうあと1週間しかないけど)や、内々定者、就職活動生なんかは、とにかく今のうちはまずは筋トレをおすすめしまくりたいわけです。

 

結構、筋は通ってると感じてるんですよねえ。

なんともいえない。

 

成功者が筋トレにハマる理由は「銭湯」の論理と一緒?

http://dot.asahi.com/business/economy/2013061400006.html

 

 

筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?

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仕事でモテる男はなぜ、体を鍛えているのか?

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仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか (幻冬舎新書)

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なんつって。